遍路道を辿って室戸岬に移動中、私たちは「奈良師」とよばれる漁村に迷い込んだ。

海岸を沿って走る国道に並行する細い道を進んでいくと、ざわめきにも似た音が聞こえてきた。

車を降りて歩いてみた。 川に近づくにつれ、楽しげな音楽がはっきりと聞こえてくる。

河口付近の平地に人だかりがあった。 ちょうどお盆の祭りが催されていたのだ。

参加者50人くらいのちいさな祭り。 少し離れて眺めていると、手招きして下さる方がいた。

山本英美さんという、このあたりの老人会長をされている、おばあちゃんだった。 ビニールの敷物に座らせて頂き、盆踊りが行なわれるのを見た。

盆踊りにしては、小人数であり、楽しげな表情が見られない。 黙して踊る場面は、なにか不思議な感じがした。

山本さん曰く、この地区では、去年8月(盆)以降に亡くなった方のご遺族が、まず踊ると。

目の前では、子供やおばあちゃん、奥さん、おじさん いろんな年代の人が、大人の背丈くらいの盆提灯の下で、無表情に踊っている。

辺りの人は、暮れ始めた夜空のもとに佇み、眺めるばかりである。 誰も声も掛けず、ただ静かな踊り手を見守っている。 突然マイクから威勢の良い声が響き、曲が変わった。 踊りの輪がぐんと広がった。

一般の、踊りの稽古を積んだ方や、子供や私たちみたいな飛び入りも呼んでくれ、踊りの輪が3倍も4倍も広がっていく。

よさこい祭りの余韻残る私も、すぐに「よっちょれ よっちょれ」と踊りに加わった。

ふたたび曲が変わり、山本英美さん作詞の歌が披露される。  


うんじゅう余年の荒波風を  
知っているのか、この奈良師川  
ゆこう みんなで 手をとりあって

かつてこの近所の婦人達は、皆奈良師川沿いに集い、洗濯をして井戸端会を開いていたという。

一瞬、その情景が目に浮かんだ。 山本さんにご紹介いただいた、「青空」という情報誌を出していたという、ひげをはやしたおじさんは、

地元情報誌の復活を願っている。

長年の赤字で廃刊を余儀なくされた「青空」は、全国情報誌コンクールで賞を獲得した経歴もある。

編集者であったそのおじさんは、来年2月再興を目指し、精力的に動いていらっしゃるそうだ。

何かできることがあれば手伝いたい、と私は思った。

そんな話を聞いている間に、祭りはおわった。

帰りぎわ、山本さんに、おかしがたくさん入った袋をこの地区の皆からだと差し出された。

「名残惜しいね、室戸のおかあさんだと思ってな」 もう少しで泣きそうになった。

「ゆこう みんなで 手をとりあって」 このフレーズは、以後霊場を巡るたび、私の耳の奥に幾度となく甦った。

私はその都度、この心あたたかな人たちの幸を、祈らないわけにはいかなかった。      

 文 山崎あつこ